並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

小話

■嘘

オウ・ユの屋敷は、いつでも琴の音がした。 皇帝から玉のようだと寿がれた主人の腕前もさることながら、文人墨客たちも腕を競い合う。 遠方から訪れる者も少なくなく、ちょっとした社交場のようになっていた。 顔ぶれも様々で、共通点があるとしたらただ一つ…

■永劫回帰 (同じものが永遠に繰り返してくること)

運命だ、とささやかれた。 一目でわかった。 ひづめの音がした。 金属が打ち合う音がした。 人の叫び声がした。 訓練とは違う、本物の音だった。 ホウチョウには馴染みのないものだった。 怖い、はずの音だった。 怖くなかった。 近づいてくる一騎。 それが…

■払拭した過去

かつて、それは飾りだといわれた。 黒塗りの鞘、緑柱石、翠玉が埋め込まれた柄。 剣と呼ぶにはやや小ぶりで、小剣と呼ぶのが似つかわしいそれ。 ためいきが零れるほど美しい宝剣。 その切れ味を知る者は、あまりに少なかった。 持ち主が鞘を払うことが、少な…

■引き裂かれた絆

自分が選んだ未来。 それが辛い。 ゲッカは幾何学模様の格子に近づく。 玻璃のはまった窓の先、丸い月があった。 窓枠に手をつき、遠い故郷を思い出す。 チョウリョウの都の冬は、あたたかい。 隙間風が床から忍び寄るけれど、凍りつくほど冷たくはない。 綿…

■課せられた使命

「あんまり頼みたくはないんだがな」 カクエキは困ったように笑う。 首筋をかき、それから配下を見た。 成人したばかりの少年たちは、カクエキとは正反対に、背をピンと伸ばしていた。 よく訓練された兵士らしく、真剣な面持ちのまま、上官の話を聞く。 それ…

■死地に赴く

石畳を歩いていくと、顔見知りとすれ違う。 「よ」 カクエキは軽く手を上げ、声をかける。 「ご苦労だな」 ねぎらいにも聞こえない声が言う。 機嫌が悪そうなのは、焦りがあるせいだろう。 冷静沈着と評判の同僚は、実のところ激情家だった。 「将軍は見つか…

■もうすぐ果てる身体

殺されるつもりなどなかった。 生きて、生きて、生き抜くつもりだった。 死は遠く、自分にはないものだったと思っていた。 それが 今 ここにある。 「そろそろ、決着をつけましょうか。 晩ご飯に間に合わなくなってしまいます」 緑の瞳を子どもが微笑む。 自…

■静かなる追憶

都には毎日、伝令が届く。 戦勝報告ばかりに、群臣たちは浮き足立つ。 長かった戦が、華々しい終わりを迎えようとしていた。 戦場に関わらない者にとって、自軍の損害はただの数字だ。 人間の命ではない。 一つ一つに同情を寄せていたら、気が狂ってしまう。…

生命の線上《いのちのせんじょう》

舌の根が乾く前にスミマセン。 というわけで「鳥夢」の「小話」です。 番外編です。 今回は主人公は、ソウヨウの従弟のユ・シデン。 お友だち(?)のヤオ・ケンソウとの話です。 ソウヨウが南城の城主だった時代です。 「おい、どうする?」 側の存在に問う…

夕暮れの魔法

夕暮れの中、不釣合いな二つの影が歩く。 とぼとぼと。 どこか寂しい足音を、互い違いな言葉が埋める。 今日の出来事を振り返っては、微笑み交わす。 過去ばかりが話題に上るのは「今」が楽しくないからだ。 帰りがたいと思うのは、お互い様だ。 自然と歩み…

鳥たちの見た夢

建平三年以降。 フェイ・ホウスウとシ・ソウヨウ。 ある昼下がり、白鷹城に朱鳳から皇帝が訪れた。 城主である大司馬は、それを出迎える。 秋になれば兄弟になる二人である。 意気投合……とは、ならないのが不思議なことであった。 「自分の存在意義が見出せ…

鳥たちの見た夢

フェイ・コウレツとシュウ・ハクヤの会話。 建平以前。 碁盤が鳴る。 それは気持ちの良い、打ち据えるような音ではなく、どこか間の抜けた音だ。 幼子が碁石をパチッと並べるのと同じ音だった。 その音を聞いていた青年――ハクヤは、壷から白石を握る。 パチ…

たまには毛色が違ったものを

誰も待っていなさそうな話です(笑) こういう論文調のものも楽しそうだなぁ。 とか、思って。 「鳥たちの見た夢」から、敵役のライカイで。 リクエストがあれば、ネタバレにならない程度で受け付けますよv 「星々の揺籃」と「神の印」でも、何とかできそう…

彼女の笑顔

「ねぇ、お願いがあるの」 ほらきた。 また、おねだりだ。 「あなたにしか頼めないのよ」 可愛らしく彼女は言う。 自分のことを可愛いと自覚している『女性』ほど厄介な存在はない。 と、僕は思う。 「ダメかしら?」 無力で、幼くて、か弱い。 そんな振りし…

ふるさと

故郷なんて、そんなものはない。 思い出なんて、どこにもない。 私には、ない。 寂しそうに、語るその口元を見ながら羨ましいと感じた。 懐かしそうに故郷を思い描くその瞳を見ていたら、胸が苦しくなった。 嬉しそうに、幸せそうに話す。 その故郷に私も還…

Please be my valentine

私の大切な人になってくださいませんか? 「あのさ」 少年は、少女に声をかける。 いつもより上機嫌な彼女に、少年は言葉につまる。 「何の用?」 薄い青色の瞳が、少年を見上げる。 「……う」 「あ、もしかして、チョコレート欲しいの? でも、これはあげな…

鳥たちの見た夢

こちらは番外編『海が抱く月の夢』略して『海月』の小話です。 本編「鳥夢」の第三部にあたる時間で、ホウスウ即位前ぐらいです。 「鳥夢」に、かすりもしてません(笑) 世界観が一緒〜♪な話だと思ってくれると、嬉しいです。 登場人物の名前は『華月(カゲ…

鳥たちの見た夢

話は、第四部後半ぐらいの時間軸です。 (それより先でも良かったんですが、ネタばれになってしまうんで) なので、季節は冬〜春にかけてです。 ソウヨウとシュウエイが話し込んでいます。 覆面作家が既存のシリーズで良かったら、間違いなく「鳥夢」を書い…

冷たい風の中、立ち尽くす人影。 最近の子どもは塾通いが大変そうだな。 そう思いながら、その人影の脇をすり抜ける予定だった。 真ん丸の月を見上げる、子ども。 「おい」 思わず男は声をかけた。 肩でパッツンと切られた髪が揺れ、少女は振り返った。 「何…

クリスマス

駅前の広場に、大きなクリスマスツリーが出現する。 人工の木に、人工のオーナメント。 人が多い場所だけに、いるのは家族連れや友達同士。 微笑みを交わしながら、大きな歓声を上げながら、クリスマスツリーを見上げていく。 ケータイのシャッター音やデジ…

「寒いね」 「と返ってくる、生暖かさ」 と茶化すと、千秋はむっとする。 「寒いね、と返したほうが良かったか」 オレの呟きは、白い息になる。 木枯らし吹く季節、猫背の背をもっと丸めてとぼとぼと歩く。 隣に幼なじみ兼同級生がいなかったら、みじめった…

「おめでとう!」 明るい色の瞳の少女は、その色そのものの声で言う。 彼女のイメージは、常に空そのものだな、と僕は思った。 「何が?」 「今日、何の日だか、忘れちゃったの?」 彼女は呆れる。 「覚えているよ。 僕の誕生日だ」 事実を告げる。 それだけ…

「優しくしないで」 怒ったように彼女は言う。 彼女は、変わっている。 『変人』という類の人間だ。 普通の人間だったら、泣いて喜ぶようなことでも、突っぱねる。 いまだに理解ができないが『恋人』だ。 どこをどうして、恋人同士になったかと言うと。 ノリ…

どこかへ

「ここじゃないどこかへ、行きたいわ」 「行ってどうするんですか?」 「どうしようもしないわよ」 「行くだけ、無駄ですよ」 「そう? きっと、そこにはロマンがあるわ」 「確信的ですね」 「だって、ここじゃないんですもの」 「まるで、ここには『ロマン…

夏空

「青い空には、はてのない夢がある気がする」 庭先で空を見上げていた少女がぽつりと言った。 その傍にいた少年も、つられて空を仰ぐ。 夏のキッパリとした色の空が広がっていた。 雲とのコントラストが目に痛い。 「じゃあ、夜は?」 意地悪げに少年は問う…

「なぞなぞだよ」 「うん、なあに?」 「それは世界で一番醜くて、それは世界で一番美しい。 それはいったいどんなもの?」 「みにくくて、うつくしいの?」 「そうだよ。 しかも、壊れやすくて、それでいてしなやかなもの」 「むずかしいよ」 「とても簡単…

ダイヤモンド

「ダイヤモンドになりたいの」 乾いた目がつぶやく。 喜びも、悲しみもない。 大きなそのガラス玉が見つめる。 「そしたら、傷つかないですむでしょう?」 かたくなな殻の内側には、もろい心がある。 何もかもから逃げたい、と。 これ以上、苦しみたくない、…

星のランプ

「星の光がイヤにささやかじゃないか?」 「まあ、しょうがないよ 夏だし」 「しょうがないですむか! これじゃあ、ランプの材料にもなりゃしない」 「イライラしていても、 星の光は増えたりはしないよ」 「文句の一つもつけたくなるってもんだ。 夏のヤツ…

好き。 すごい、好き。 でも、悔しい。 だって、こんなに好きなのに、伝わらないから。 好きなの! どうすれば良い? この世界で一番……あなたが好きなの。 恋愛物の書き方が思い出せない……。

ねえ 明日には立ち直るからさ ちょっとだけ 背中貸してくれる? うん 疲れちゃって 今まで 一生懸命だったからさ 気がつかなくて ……気づいたからって どうにもならないんだけど ね なんか 泣きたい気分 なんだ だからさ ほんの少しの間 背中貸してよ 朝まで…