並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

生命の線上《いのちのせんじょう》

 舌の根が乾く前にスミマセン。
 というわけで「鳥夢」の「小話」です。
 番外編です。
 今回は主人公は、ソウヨウの従弟のユ・シデン。
 お友だち(?)のヤオ・ケンソウとの話です。
 ソウヨウが南城の城主だった時代です。

「おい、どうする?」
 側の存在に問う。
 状況は逼迫していて、芳しいとはいえない。
 気弱な問いかけは、焦りが紡がせた。
 切り抜けられるのか。
 握りこまれた剣の柄は答えはくれなかった。
 緑の瞳が青い瞳を見つめる。
「突破する」
 明確な答えが返ってきた。
 表情と同じように、声に感情は読み取れない。
 青い瞳の少年、ヤオ・ケンソウはいつもそうであった。
 焦りとは無縁だ。
 ケンソウは、おもむろに外套の留め金を外した。
 丈夫な胸当てや足をおおう脛(すね)当ても脱ぐ。
 食料の入った麻製の袋も地面に捨て去る。
 身軽になった少年は、剣の柄を握りなおす。
 シデンもまた、それに習う。
 金を出して買える物を捨てていくのは惜しくない。
 これから、どんな金を積んでも購えないもののために、最大限の努力をするのだ。
「確かに」
 ユ・シデンは笑みを浮かべた。
 突破するしかない。
 いつまでも物陰に隠れていても、埒が明かない。
 敵が多数いる中に、置いていかれたのは不運だったが、隊長を恨むつもりはない。
 戦というのは、そういうものなのだ。
 自分の力で生き抜くことができない弱者が来る場所ではない。
 シデンもケンソウも志願して、ここにいるのだ。
 成人する前の子どもであるとか、異民族だとか、関係ないのだ。
 チョウリョウの名の下で戦う兵士。
 その事実は己が選び取ったもの。
「できるか?」
 シデンは尋ねた。
「やる」
 簡潔な答え。
 頼もしい戦友だった。
 その腕前は信頼を置くに値する。
 歳ばかり無駄に重ねた兵とは違う。
 ケンソウは自分と同じぐらいに強い。
 一人では絶望的な状況だが、二人なら違う。
 宙で二人の視線が会う。
 それが合図だった。
 少年たちは、生き残るために走り出した。
 前方。
 敵陣の層が最も厚い場所を狙う。
 ど真ん中、指揮官がいる中央を強襲する。
 否、突き抜ける。
 浮き足立つ敵軍。
 できる隙。
 指揮系統が狂う。
 統率のない軍など、無力。
 飛ぶ号令は、まちまちとなる。
 どれに従えば良いのか、下級の兵士たちはわからなくなる。
 剣も槍も振るえない。
 味方ばかりだから、味方を傷つけてしまう。
 シデンとケンソウは、たった二人だから相手を傷つけることはない。
 勝つつもりなどない。
 敵軍を殲滅するつもりもない。
 二人の少年は、生き残るために走っているのだ。
 チョウリョウ軍に合流するまで、敵軍を引き連れながら、全力で走る。
 馬で追いかけてくる将兵もいる。
 が、シキボは戦火にさらされる地。
 侵入を防ぐための手段は講じられている。
 馬防柵の他にも、天然の要害が存在していた。
 重たい防具を持つ敵の歩兵に追いつかれることはない。
 ただ、未来に命をつなぐために、走る。
 隊長は、少年たちを置き去りにした。
 シデンもケンソウも階級が低いためだ。
 犠牲を払ってまで、助けなければならない命ではない。
 隊長は一人でも多くの兵士を助ける義務を背負い込む。
 切り捨てられても当然の命だった。
 だから、少年たちは信じていた。
 合流すれば加勢してくれる、と。
 助ける必要がある。
 そう周囲を納得させるほどの価値が自分たちにあれば、良いだけだ。
 優勢な状況で、尻尾を巻いて逃げるほど、少年たちの隊長は馬鹿ではない。

 そして。

 チョウリョウの陣営が見えた。
 いち早く駆けてくる騎馬が一騎。
 槍につけられた細い布は、鮮やかな紅。
 それが絹で出てきていることを、二人の少年は知っていた。
 東南渡りの香りを好む騎馬の隊長は、大金持ちの坊ちゃんだった。
 統制の取れた一軍は、少年を綺麗に避けて、敵軍に向かう。
 号令らしい号令は飛ばない。
 ひづめの音と甲冑、得物の音が響くだけだ。
 ギョクカン軍とチョウリョウ軍がぶつかり合う。
 その中、少年たちは隊長に合流した。
 舞う土ぼこり。
 目を開けているもの大変だった。
 赤い髪をした大柄な隊長は
「お疲れさん」
 と二人を労った。
「ただいま、戻りました」
「はい」
 シデンとケンソウは背を伸ばし、答えた。
「今のうちに休んでおけ。
 ここから先は、まだ長いからな」
 隊長は軽く二人の背を叩くと、走り出した。
 軽くそりのついた曲刀が翻るのが、視界の端に見えた。
 シデンは足を引きずりながら、天幕へ向かう。
 隣を歩くケンソウの足取りは平常と変わらない。
 同じ条件だったはずなのに。
 恨みがましくシデンはケンソウを見た。
「何で、そんなに元気そうなんだよ」
 シデンはふてくされた。
 悔しくて仕方がない。
 三呼吸分の間のあと。
「しゃべる気力もない」
 ケンソウは言った。
 それがいつものように無感情だったから、シデンを口をへの字に曲げた。



 隊長はヤン・カクエキです。
 で、チラッと出てきた騎兵は、シャン・シュウエイです。

戦術としては

 俊足であることが前提ですが、可能です。正面突破は被害が大きいのですが、この二人はこれ以上の被害は、ほとんどないので*1。あまり褒められた戦術ではないのですけど、ありです。


 シュウエイはいつものごとく、後からの参戦です。
 最初にカクエキの軍*2が進められたのは、奇襲が得意*3であるためです。失っても、あまり惜しくない部隊でもあります*4


 ソウヨウは兵法の基本に忠実なので、あまり奇をてらったことはしないのです。「南城の奇才」とか呼ばれていますが、敵の陣営の読みを外さないとか、効果的な戦術を立てることができる、とかで。あ、あと本人と配下のありえない戦闘能力と練度*5の高さかな? なので、意外にスタンダードです。

*1:ここが、死ぬか生きるかの分かれ道です

*2:歩兵。他民族多し

*3:一撃離脱

*4:軍略的に

*5:一軍の統率度合い