オウ・ユの屋敷は、いつでも琴の音がした。 皇帝から玉のようだと寿がれた主人の腕前もさることながら、文人墨客たちも腕を競い合う。 遠方から訪れる者も少なくなく、ちょっとした社交場のようになっていた。 顔ぶれも様々で、共通点があるとしたらただ一つ。 琴が好きだ、ということぐらい。 義理の娘であるリョウジも、大人たちが出入りする環境に慣れていた。 育ちきっていない両の手の平を広げて、琴の糸を弾いていく。 曲と呼ぶには、まだ滑らかさの足りない音が紡がれていく。 童女の側で、その様子を見守っているのは養父ではなく、若い男だった。 ハンチョウと呼ばれる若者は、北方の血を感じさせる色の瞳を細める。 稚い存在が一生懸命に譜を追うのは愛らしい。 手をいっぱいに広げて弦を押さえるのは、可愛らしい。 最後の一音が宙に溶けた。 演奏をどうにか終えた童女は、不満げな表情を浮かべる。 童女の大きなためいきをかき消すように、ハンチョウは拍手を送る。 冥い青の瞳がギロリと若者をにらみつける。 「同情はいりません」 リョウジは言った。 「拍手に値すると思ったから、拍手をしただけだ」 ハンチョウは微笑む。 「子どもだからと、馬鹿になさっていますのね。 私は私というものをよく知っています」 「人という生き物は、自分が思うほどには、自分というものを知っていないものだ」 若者は気にせず、琴にふれる。 撫でるように弦にふれ、何音かを鳴らす。 その音に、童女は大きなためいきをついた。 「あなたから褒められても嬉しくありません」 「それは嘘だよ、リョウジ。 褒められて嬉しくない人間はいない」 ハンチョウは微笑んだまま言う。 「私のようなつまらない者でも、自尊心というものを持っておりますの」 童女は傷つけられた、とそっぽを向く。 大人ぶった物言いに、歳相応の反応の差がおかしくて、ハンチョウは声を上げて笑った。 (慶龍11年:王瑜の養女オウ・リョウジ、客人ハンチョウ)