並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

■引き裂かれた絆

 自分が選んだ未来。
 それが辛い。
 ゲッカは幾何学模様の格子に近づく。
 玻璃のはまった窓の先、丸い月があった。
 窓枠に手をつき、遠い故郷を思い出す。
 チョウリョウの都の冬は、あたたかい。
 隙間風が床から忍び寄るけれど、凍りつくほど冷たくはない。
 綿の入った衣を重ねれば、耐えることのできる寒さだ。
 月の形は変わらないけれど、その色は違って見えた。
 チョウリョウの月は、しみじみとして美しい。
 人の命を奪ったりはしない、冬の夜。
 綺麗な綺麗な月だった。
 不吉さは欠片すらない。
 だから、ゲッカは悲しくなる。
 闇夜を照らす慈悲深さに、涙が零れそうになる。
 カイゲツと、何もかも違うのだ。
「仲達……」
 ゲッカはカイゲツの宰相の名を呼んだ。
 公私に渡り、何でも面倒を見てくれた青年は、元気だろうか。
 雪に閉ざされたあのクニで、今日も死者の数を数えているのだろうか。
 一つでも多くの命を救おうと、自分の時間を削っているのだろうか。
「ごめんなさい」
 全てを押し付けてしまった。
 きっと苦労している。
 誰にも文句を言わずに、与えられた役目をこなしている。
 自分のためではなく、カイゲツのために。
 ゲッカは謝罪の言葉しか、見つけられなかった。

(建平元年:カイゲツ最後の総領カイ・ゲッカ)