フェイ・コウレツとシュウ・ハクヤの会話。
建平以前。
碁盤が鳴る。 それは気持ちの良い、打ち据えるような音ではなく、どこか間の抜けた音だ。 幼子が碁石をパチッと並べるのと同じ音だった。 その音を聞いていた青年――ハクヤは、壷から白石を握る。 パチンッ! と碁盤を鳴らし、打つ。 無表情な青年は、幼馴染みであり、主君である若者を見やる。 若者――コウレツは困ったように髪に手をやる。 癖の強い暗褐色の髪は、チョウリョウの民に多い髪質だった。 コウレツは、悩んだ末にパチッと黒石を置く。 ハクヤは、遠慮なく白石を打つ。 そのくりかえし、だ。 「ハクヤ。 もしの話だ」 コウレツは切り出した。 青年は歳の近い主君を見つめる。 言いよどむというのも珍しい。 ずいぶんな用件を押しつけられるのだろう。 そんな予感がした。 「俺が死んだら、どうする?」 コウレツは言った。 赤茶色の双眸は落ち着いていた。 「順当に、鳳の君にお仕えいたします」 ハクヤは間を空けずに答えた。 迷うような要素はどこにもなかった。 コウレツには未だ子がない。 やや病弱ではあるが成人した弟がいるのだ。 兄の死後、弟が家督を継ぐのはそれほど珍しくはない。 「そうか。 その言葉を聞いて、安心した」 コウレツは破顔する。 「それは良かったですね」 青年はうなずいた。 ふと思いついたことがあったが、ハクヤは口を閉じた。 戦場に一度も立ったことがない己が言うようなことではないだろう。 ハクヤは碁盤の上を見る。 黒石には逃げ場がなかった。 「勝負はついたようですね。 コウレツ殿の負けです」 青年は事実を告げる。 「そうみたいだな」 ああ、と残念そうに息をつくと、コウレツは後ろに倒れこむ。 ドサッと音がする。 床に転がった主君を見ながら、ハクヤは思う。 痛くはないのだろうか、と。 敷物が敷いてあるとはいえ、下は冷たい石だ。 硬く、寝心地はそれほど良いとは思えなかった。 「なあ、ハクヤ。 鳳に嫌われたら、どうする?」 「嫌われるも何も。 すでに嫌われています」 ハクヤは壷に碁石をしまっていく。 「……何でだ? 接点がほとんどないだろう」 コウレツは肘をつき、体を少し起こした。 「さあ?」 「理由が思い当たらないのか? 榻(長椅子)の参謀でも」 興味を持ったのか、主君は嬉々として尋ねてくる。 「私が習家の嫡男であり、あのような父を持つからでしょう」 ハクヤは白石を壷に落としていく。 パチパチとぶつかり合う音がする。 「それはハクヤのせいではないだろう」 「私が従軍しないことも、理由の一つでしょう」 「それも、ハクヤのせいではないだろう。 ハクヤの才は、我が軍の役に立っている」 コウレツが言う。 「一番の理由は、私が気に食わないようです。 私がいるために、コウレツ殿の役に立てないと思い込んでおられるようです」 ハクヤは碁盤の中央に、黒石を集める。 「あの方は、複雑な思考を持っておられる。 色々と大変なのでしょう」 黒石を壷にすべて落とす。 「それでも、鳳に仕えてくれるのか?」 コウレツが確認する。 「はい。 あなたの死後に」 ハクヤはうなずいた。 そもそも「仕えない」という選択肢が与えられていない。 「約束だ」 コウレツは言う。 「はい」 かまわない、とハクヤは思い、うなずいた。 碁盤の上に石の入った壷を二つ載せる。 黒と白。 まるで命運のようだ、とハクヤは思った。