並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

鳥たちの見た夢

 こちらは番外編『海が抱く月の夢』略して『海月』の小話です。
 本編「鳥夢」の第三部にあたる時間で、ホウスウ即位前ぐらいです。
 「鳥夢」に、かすりもしてません(笑)
 世界観が一緒〜♪な話だと思ってくれると、嬉しいです。
 登場人物の名前は『華月(カゲツ)』『沖達(チュウタツ)』です。
 クニ名は『海月(カイゲツ)』です。
 

 大陸の東北。海に面した場所に『海月』というクニがある。
 ここの住まう者は『海』という姓を持ち、そのほとんどが顔見知りだった。
 それほど小さく、同時に貧しいクニだった。
 群雄割拠する時代、海月の主は華月という字を持つ女児であった。
 まだ、十歳。
 統領と呼ぶには、まだまだ幼い少女だった。

「沖達〜!」
 華月は宰相の字を呼ぶ。
 駆け足でその部屋に上がりこみ、信頼を寄せる宰相に報告するのだった。
「雪が降ってきたよ!」
 その言葉に、細面の青年が顔を上げる。
 カイ・ロウタツ
 二十二歳の宰相だった。
 若いからといって彼の能力を侮るものはいない。
 父である前宰相の跡を継ぎ、もう四年になる。
「今年は、雪降らないかと思っていたよ」
 少年のような衣服をまとった少女は、にこっと笑う。
「雪が落ちてきたか」
 沖達はためいきをつく。
 華月は、火鉢の傍により、手をかざす。
 凍りつきそうに冷たくなっていた指先は、赤を通り越して、紫。
「あ、うん。
 ボク嬉しいな。
 これで、他のクニが攻めてこないでしょ?
 だから、雪が嬉しい」
 華月は言った。
 青年の鉄色の瞳は、竹でできた笛を凝視していた。
「沖達?」
 不安げに、少女は青年を見上げる。
「いや、少し考え事をしていました。
 確かに、雪の間攻めて来るクニはないでしょう」
 一騎当千と称えられる将でもある青年は断言した。
 パッと少女は顔を輝かせる。
 沖達の言うことに間違いはない。
 ことに戦や政で失策をしたことがない。
 海月の誇りであり、『月海』を贈るにふさわしい相手だった。
「冬の間の行軍は、無駄が多いのです。
 隣接している。
 強大な戦力を保持している。
 短期で攻落する自信がある。
 それでもなお、冬の間に軍を進める利点は少ない。
 もちろん、大陸南部であれば事情は変わります。
 現に、チョウリョウとギョクカンは交戦中ですね」
 淡々と沖達は言う。
「どうして戦うんだろう」
 華月は思う。
 クニを守るための戦いはわかる。
 先祖伝来の地を守ること、そこに住む人を守ること。
 そのために、戦場に立つ。
 けれども、他の領地を奪おうとするのは、何故なのだろう。
「正義は、人の数ほどあります。
 誰かの正義は、誰かの正義を踏みにじるものでしょう」
 沖達は火鉢に竹笛をかざす。
「弱さは、時に罪です。
 そういう時代なのです」
「このまま冬であればいいのに」
「そうしたら、種をまくことができません。
 収穫することもできません。
 人間は四季の中で生きているのだから」
 青年の細い指先は笛の具合を確かめる。
「あ、忘れてた」
 華月はおなかのところに隠し持ってきたみかんを二つ取り出す。
「はい。
 沖達、みかんが好きでしょ。
 二つもらったから、半分こ。
 一つあげる」
 少女はニコッと笑い、みかんを一つ差し出す。
「ありがとうございます、華月様」
 公式の場でするように、恭しく宰相はみかんを受け取る。
「沖達、竹笛なんて珍しいね。
 これから吹くの?」
「しばらく戦場へ赴くことはありません。
 鉄笛よりも、竹笛が好きなんです」
「へー、そうなんだ。
 ボクはただの扇よりも、鉄扇の方が好きだけどね」
 華月は言う。
 誰よりも早く大人にならないと。
 誰よりも強くならないと。
 少女は焦る。
 守りたいもののために、焦るのだった。
「久しぶりに沖達の笛が聞きたいな」
「かしこまりました」


 海月に雪が落ちる。
 それは凍死者が出ることを意味する。
 戦で死ぬのと、貧しさで死ぬのと、……どちらも変わらないだろう。
 どちらも辛く、どちらも悲しい。

 恒例の「続きません♪」です。