並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

■払拭した過去

 かつて、それは飾りだといわれた。
 黒塗りの鞘、緑柱石、翠玉が埋め込まれた柄。
 剣と呼ぶにはやや小ぶりで、小剣と呼ぶのが似つかわしいそれ。
 ためいきが零れるほど美しい宝剣。
 その切れ味を知る者は、あまりに少なかった。
 持ち主が鞘を払うことが、少なかったからだ。
 幼くして、将軍位を賜ったため、実戦経験は数えられるほどしかなかった。
 安全な本陣で、あくびをくりかえしている。
 鳳の君のお引き立てで、官位を賜った。
 ただの書生。
 シキボの総領でなければ、緑の瞳を持っていなければ、出世ができなかっただろう。
 多くの者が、愚かにもそう思っていた。
 緑の瞳を持つ者は、人ではなく化け物だと知らなかった。
 息をするように、自然に人を殺すモノだと知らなかった。
 
 その戦場は、運悪く混戦となかった。
 
「お逃げください!」
 護衛として控えていたフェン・ユウシが叫んだ。
 青年自身も、少なからない傷を負っていた。
 敵味方が入り混じる場所で、剣を振るうのは、多大な集中力と判断力を必要とする。
 剣筋が少しでもズレれば、味方を斬ってしまう。
「逃げるといっても、八方塞ですよ」
 暢気にソウヨウは笑う。
 剣から朱色のリボンをほどくと、一気に鞘払う。
「片付けてしまいましょう」
 簡単に少年は言った。

(建平元年:将軍シ・ソウヨウ、旗下フェン・ユウシ)