かつて、それは飾りだといわれた。 黒塗りの鞘、緑柱石、翠玉が埋め込まれた柄。 剣と呼ぶにはやや小ぶりで、小剣と呼ぶのが似つかわしいそれ。 ためいきが零れるほど美しい宝剣。 その切れ味を知る者は、あまりに少なかった。 持ち主が鞘を払うことが、少なかったからだ。 幼くして、将軍位を賜ったため、実戦経験は数えられるほどしかなかった。 安全な本陣で、あくびをくりかえしている。 鳳の君のお引き立てで、官位を賜った。 ただの書生。 シキボの総領でなければ、緑の瞳を持っていなければ、出世ができなかっただろう。 多くの者が、愚かにもそう思っていた。 緑の瞳を持つ者は、人ではなく化け物だと知らなかった。 息をするように、自然に人を殺すモノだと知らなかった。 その戦場は、運悪く混戦となかった。 「お逃げください!」 護衛として控えていたフェン・ユウシが叫んだ。 青年自身も、少なからない傷を負っていた。 敵味方が入り混じる場所で、剣を振るうのは、多大な集中力と判断力を必要とする。 剣筋が少しでもズレれば、味方を斬ってしまう。 「逃げるといっても、八方塞ですよ」 暢気にソウヨウは笑う。 剣から朱色のリボンをほどくと、一気に鞘払う。 「片付けてしまいましょう」 簡単に少年は言った。 (建平元年:将軍シ・ソウヨウ、旗下フェン・ユウシ)