並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

クリスマス

 駅前の広場に、大きなクリスマスツリーが出現する。
 人工の木に、人工のオーナメント。
 人が多い場所だけに、いるのは家族連れや友達同士。
 微笑みを交わしながら、大きな歓声を上げながら、クリスマスツリーを見上げていく。
 ケータイのシャッター音やデジカメのフラッシュが賑やかだった。
 僕とお隣の美香子は、そろって駅前広場にやってきた。
 引っ越してきたばっかりの美香子は、この街では有名なツリーを見たことがないらしい。
 それを知った僕は、強引に誘った。
 僕はこの街がとても好きで、美香子にも好きになって欲しかったから。
 そんな単純な理由だった。



「クリスマスってあまり、好きじゃない」
 イルミネーションに照らされた横顔が呟いた。
 青と白の点滅をくりかえす光は、ハッとするほどの陰影を与える。
 青のときは、沈む悲しみ。
 白のときは、ありのまま。
 その声と相まって、不幸せそうに見えた。
「何で?」
 そう訊いた僕の声は、無残なほど震えていた。
 声が震えたのは寒いから、そうに違いないと自分に言い聞かせる。
 美香子が振り返る。
 青と白の幻想が見せたものだとしても、その瞳は透き通っていて綺麗だった。
「みんな幸せそうでしょ。
 だから、嫌い」
 美香子ははっきりとした口調で言う。
「みぃちゃんは、幸せじゃないの?」
「幸せになれたら、クリスマスも好きになれる?」
「たぶん」
 絶対、って言えばよかったと、口にしてから気づく。
 でも言い直すのは、変だった。
「なるくんは、幸せなんだね」
「?」
「クリスマス、好きなんでしょ?」
 だから、と美香子は寂しそうに笑った。


 彼女だけが幸せじゃないなんて。


「みぃちゃんが幸せなら、僕はもっと幸せになれるよ」
 本当のことを言った。
「なるくんは、お人よしだね。
 ……そういうお節介も、たまにはいいね」
 美香子は言った。
 再びクリスマスツリーを見上げる。
「ツリー見たいとか言って……ゴメン」
 僕もツリーを見上げる。
 青と白のイルミネーションは、星が落ちてきたようで、やっぱり綺麗だった。
 でも、幸せにはなれなかった。
 隣にいる女の子が、幸せじゃないから。
 そんなちっぽけな理由。
 僕には十分な理由。
「ツリーは、悪くないし。
 いいんじゃない?
 年中行事しとくのも」
「でもさ」


「ありがとう、なるくん」


 美香子は言った。
 僕は何も言えなくなった。
 手がかじかんで、麻痺するまでその場に立っていた。
 身体の心まで冷たくなるような風の中、僕と美香子はクリスマスツリーを見ていた。

 小学生高学年ぐらいのイメージですね。
 例によって、続きません。