石畳を歩いていくと、顔見知りとすれ違う。 「よ」 カクエキは軽く手を上げ、声をかける。 「ご苦労だな」 ねぎらいにも聞こえない声が言う。 機嫌が悪そうなのは、焦りがあるせいだろう。 冷静沈着と評判の同僚は、実のところ激情家だった。 「将軍は見つかんねぇけど。 まあ、そろそろ行くさ」 軽い口調でカクエキは言った。 「どこに行ったんだ、あのクソ餓鬼は」 シュウエイは呪うように、低く呟く。 かなり怒っている。 ずっと捜していたのだろう。 ちょっとばかり、気持ちはわかるが、深く同情する気もない。 将軍という地位が胡散臭く見える青年相手に、どうこう言っても効果がない。 カクエキも出立前の挨拶をしたかったが、時間切れになってしまった。 「将軍でも落ち着かないってことがあんだな」 「士気に関わる。 恋愛するべき人種ではないな。 この非常時に」 「何とかなるだろ。 今まで、何とかなったんだ」 カクエキは笑う。 自分よりも4つも年下の少年の旗下になったときに、運命は定まったようなものだ。 どこへ向かうか、決めるのはカクエキではない。 カクエキは与えられた場所で、より良くなるように努力するだけだ。 「そろそろ行く。 じゃあな」 「またな」 憮然としたままシュウエイは言った。 こんなときに別れの言葉を口にしたがらないのは、戦場に立つには甘い性格だからだろう。 ずいぶん長い付き合いになったな、とカクエキは思う。 「そうだな」 カクエキはうなずいた。 それで二人は別れる。 目的地の場所へと足を向けるのだった。 (建平三年、色墓の戦い:絲将軍旗下、ヤン・カクエキ、シャン・シュウエイ)