並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

■死地に赴く

 石畳を歩いていくと、顔見知りとすれ違う。
「よ」
 カクエキは軽く手を上げ、声をかける。
「ご苦労だな」
 ねぎらいにも聞こえない声が言う。
 機嫌が悪そうなのは、焦りがあるせいだろう。
 冷静沈着と評判の同僚は、実のところ激情家だった。
「将軍は見つかんねぇけど。
 まあ、そろそろ行くさ」
 軽い口調でカクエキは言った。
「どこに行ったんだ、あのクソ餓鬼は」
 シュウエイは呪うように、低く呟く。
 かなり怒っている。
 ずっと捜していたのだろう。
 ちょっとばかり、気持ちはわかるが、深く同情する気もない。
 将軍という地位が胡散臭く見える青年相手に、どうこう言っても効果がない。
 カクエキも出立前の挨拶をしたかったが、時間切れになってしまった。
「将軍でも落ち着かないってことがあんだな」
「士気に関わる。
 恋愛するべき人種ではないな。
 この非常時に」
「何とかなるだろ。
 今まで、何とかなったんだ」
 カクエキは笑う。
 自分よりも4つも年下の少年の旗下になったときに、運命は定まったようなものだ。
 どこへ向かうか、決めるのはカクエキではない。
 カクエキは与えられた場所で、より良くなるように努力するだけだ。
「そろそろ行く。
 じゃあな」
「またな」
 憮然としたままシュウエイは言った。
 こんなときに別れの言葉を口にしたがらないのは、戦場に立つには甘い性格だからだろう。
 ずいぶん長い付き合いになったな、とカクエキは思う。
「そうだな」
 カクエキはうなずいた。

 それで二人は別れる。
 目的地の場所へと足を向けるのだった。

(建平三年、色墓の戦い:絲将軍旗下、ヤン・カクエキ、シャン・シュウエイ)