並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

 ホウチョウとソウヨウ。
 子ども時代、鷲勇パパ存命です。


 日記に書くこともなくなってしまったので、小話です。

 院子は、太陽のにおいがした。
 降り注ぐ光の色は飴色で、慕わしく感じる。
 優しい日差しの中で、ソウヨウはホウチョウの隣に座っていた。
「こんなに空が青いと、どこまでも飛んでいるけるような気がするわね」
 傍らにいた少女が笑う。
 伸びかかっている赤茶色の髪が揺れる。
 出会ったころは肩口までしかなかった髪も、今では結い上げなければならないほどの長さになっていた。
「はい」
 ソウヨウはうなずいた。
 人間は鳥ではないから空を飛ぶことはできない。
 そんなことは、ソウヨウでも知っていた。
 知っていて、笑顔をつくって、うなずいた。
 磨き上げた宝石のように綺麗な瞳がニコッと笑う。
 どうやら、自分はきちんと笑顔が作れたようだ。
 ソウヨウは安心した。
「雛兄は無理だって怒ったの」
 ホウチョウは立ち上がる。
 染めも織りも特級品の衣の袖や裾が空気をはらむ。
 羽ばたこうとしている鳥の翼のように、それは広がって見えた。
 遥か彼方に向かわんとする渡り鳥のように、少女は蒼穹を鋭く見据える。
「人間は鳥ではないから、空は飛べないって」
 ホウチョウは憤慨した。
 少女の足元で耳を澄ましていた少年は、困ったことになった。と内心で思った。
 チョウリョウの次子、ホウスウが少女に告げた言葉は、ソウヨウが考えたことと良く似ていた。
「わたしは空が綺麗だと思ったの」
 腰に手を当てて、ホウチョウは言う。
「だから、空が飛べたら素敵だろうって思ったの。
 飛べないってことぐらい知っているわ」
 少女は勢い良く振り返る。
 階に座ったままのソウヨウと視線が合う。
 赤茶色の瞳は、まだ怒っていた。
「そう、空に飛ぶ鳥に……そうね。
 ……仮託したの!
 それぐらい、今日の空は綺麗な色をしているんだから」
「姫は難しい言葉をご存知ですね」
「この前、習ったのよ。
 大きな鳥になって、故郷を目指す詩と一緒にね。
 南を目指すの。
 とても素敵な詩だったから、今度、写しをあげるわ。
 きっとシャオも気に入ると思うから」
 ホウチョウは得意げに言う。
「ありがとうございます」
 ソウヨウは言った。
 その詩は知っていたが、少女の気持ちが嬉しかった。
「雛兄は、わたしを赤ちゃん扱いするのよ。
 本気で空を飛べるって信じこんでいるみたいに、怒ったのよ。
 そんなことはできないって」
「そうですか」
 ソウヨウは相槌を打つ。
「ひどいと思わない?」
「そうですね」
「シャオは、雛兄のかばわないのね」
 ソウヨウは立ち上がって、階を降りる。
 一段分。
 少女よりも下の段から、仰ぐ。
 空を背景に入れるように、自分の主を見上げる。
 赤い色を持つチョウリョウの姫は、青空が良く似合っていた。
 鳥になって、空を飛んでいっても不思議はない。
 そう思うほどに。
「姫が好きですから」
 ソウヨウは、はっきりと言った。
 誰かと比べられない。
 その人自身が好きだと思う。
 それだけで、それだけが十分な理由になる。
「わたしもシャオが大好きよ」
 宝物のような姫は、機嫌良く告げた。
 欠けたところが見当たらない、完璧な笑顔だった。
 嬉しくて、幸せな笑顔。
 ソウヨウが浮かべるそれとは違う。
 綺麗な笑顔だったから、それと同じような笑顔を自分にもできればいいのに。と。
 そんなことをソウヨウは思った。