並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

【セルフパロディ】ヴァレンタインデー【フラクタル】

ヴァレンタインデー

フラクタル』から岡崎灯影(おかざき・とうえい)→古賀春晏(こが・しゅんあん)。


 このシリーズは無国籍FTの登場人物が、「もしも学生だったら?」という“if要素”で構成されているセルフパロです。
 そのため、登場人物の名前が日本人離れしています。
 また本編の関係性や生育環境は、アレンジして持ち込まれています。
 ※本編である無国籍FTは、WEB未発表です。


 フラクタルの総目次ページはこちら。
 フラクタル 【無国籍FT学園パロディ】


 『最低のクリスマス・イブ』の続編です。

 2月に入れば三年生といえども自由登校だ。
 それでも古賀春晏は律儀に図書当番をしていた。
 推薦で大学部に入学できたのも大きい。
 学費が同じなのに、勉強をしないのはもったいない。
 そう思うぐらいには貧乏性なのも拍車をかける。
 結局は、卒業式の間まで、ごく普通の公立高校のようにびっしりと単位をとってしまった。
 毎日のように制服を着て、登校していた。

 2月14日

 ヴァレンタインデーだ。
 こんな日に図書室に来るような人物はいない。
 そんな例外が勢いよく図書室のドアを開いた。
 どこからそんな熱意があるのだろうか。
 まったくもって理解ができない後輩が当たり前のような顔をして、春晏に言った。
「シュン先輩、チョコをちょうだい」
 一年生の岡崎灯影は言った。
「そんなもの用意しているわけないでしょ」
 春晏はためいきをついた。
「じゃあ、今から用意してよ」
 わがままな後輩は言った。
「義理チョコだって、それなり手間がかかるのよ。
 ちょっと高めのチョコを選んだり、ラッピングしたりって」
 春晏は呆れる。
 生粋のお金持ちにはわからない感覚だろう。
 そもそも義理チョコの概念がわかっているのだろうか。
「イチゴポッキーでいいから」
 甘党な後輩は笑顔で言った。
 強引に連れて行かれたのは、二人が出会った場所の自動販売機の前だった。
 幸いなのだろうか。
 それとも悪運なのだろうか。
 お菓子の入っている自動販売機は、きちんとチョコレート菓子が並んでいた。
 春晏は諦めて、自動販売機に小銭を入れてイチゴポッキーのボタンを押す。
 ガコンっと、音を立てて箱は落ちてきた。
「シュン先輩が言った通り、たくさんの人が俺の名前を呼んでくれたよ」
 どこか遠い目をして灯影は微笑んだ。
 まるで冷たい2月の空気に溶けてしまうような、存在感のなさだった。
 自分のことなのに、他人事のような顔をして微笑んでいる。
 春晏の胸がチクリっと痛んだ。
 卒業が近いから、感傷的になっているのだろうか。
 気を取り直して春晏は、自動販売機からイチゴポッキーを取り出す。
「こんなの今年はたくさんの人からもらったでしょう。
 好きな物を新聞部のインタビューでイチゴポッキーって答えたんだから」
 春晏は言った。
「シュン先輩から、もらいたいんだよ」
「義理チョコもいいところだけど?」
 市販の義理チョコよりも安上がりだ。
 こんな庶民的なお菓子にこだわる理由がわからない。
「シュン先輩からもらえるものは、なんでも特別だよ」
 灯影は微笑んだまま言う。
 何も知らない女子生徒だったら勘違いしそうな勢いの言葉だった。
 が、このわがままな後輩の笑顔に騙されるわけにはいかない。
「そう。来年は副会長なんでしょ?
 頑張りなさい」
 春晏は言った。
 後輩でもできれば、このわがままな後輩も落ち着くだろうか。
 春晏の目の前以外では、立派な生徒会役員だ。
 誰からも愛されているし、仕事も投げ出したりはしない。
 特定のファンクラブもあるというのに、生徒会役員の悪癖といった伝統に流されたりはしない。
 きちんと男女の分け隔てなく、平等に接している。
 春晏以外の先輩たちにも、敬っている。
 ……春晏には引っかかりまくる案件であったけれども。
 灯影は空を振り仰ぐ。
 成長期にいる少年がそうすると、春晏には表情がわからなくなる。
「別名、役立たず」
 灯影はポツリと言った。
 さりげなく。
 風に消えてしまうぐらいに、小さな声で。
「誰がそんなことを!」
 春晏は驚く。
「美澪」
 灯影は空を見つめたまま、同級生の生徒会役員の名を挙げた。
 次期、風紀委員長だ。
「ああ、橘くんね。仲が良いのね」
 春晏は納得した。
 品行方正な生徒会役員から見れば、いつだってまともに制服を着ない岡崎灯影はそう映るかもしれない。
「幼稚園舎から一緒だからね。
 腐れ縁ってヤツ?」
 灯影は言った。
 明智学院の幼稚園舎から一緒となれば、家同士のつながりもあるのだろう。
 お互いに良家の子弟といったところだろう。
 高等部から入学した春晏にはわからない感覚だったが、それなりに確執があるのかもしれない。 
「同じ生徒会メンバーじゃない。
 せめて卒業までは仲良くしなさい」
 春晏は励ますように言った。
 灯影が春晏を見た。
 そこにはいつものわがままな後輩がいた。
「美澪とは話がとにかく話が合わないし。
 この歳で勉強が趣味とかありえない」
 灯影は笑ったまま言う。
「学生の本分は勉強です」
 春晏はためいきをついた。
 岡崎灯影が上位の成績をキープし続けているのは知っているが、春晏は言った。
 さして努力をしているわけでもないというのに、文武両道を地で行っている。
 どこか欠点ぐらいあればいいのに、と思うほど卒がない。
「学歴社会だからね。
 一応は大学部までは通うつもりだけど」
 まるで実感のこもらない言い方で、灯影は言った。
「卒業後の進路を決めるのは、まだ早いんじゃない?
 モラトリアムの時代って言うんだし。
 せめて高校生活ぐらい楽しみなさいよ」
 早生まれの後輩は、ようやく高校二年生になるのだ。
 将来なんて決めるのは、まだ先だろう。
 大学部に行く春晏ですら、本当に将来の夢が叶うのかわからない状態なのだ。
 それとも継がなければいかない家業でもあるのだろうか。
 幼稚園舎から通っている、ということはその可能性の方が高い。
 だったら、自由でいられるのは学生時代だけなのかもしれない。
「シュン先輩のいない高校なんて、面白くないよ」
 灯影はあっさりと言った。
 適当に遊ばれている玩具か何かと勘違いしているのじゃないか。
 そんな発言だった。
「いい加減に、彼女でも作りなさい!」
「あいかわらずシュン先輩は残酷だね。
 そんなところも魅力的だけど。
 俺がこんなにも好きって言っているのに」
 笑顔を崩さないまま、灯影は言った。
「イチゴポッキー並みの軽さで言われても信用できないんだけど?
 はい、ハッピーヴァレンタインデー」
 春晏はイチゴポッキーの箱を押しつける。
「お返しを期待していてね」
 灯影はしみじみとイチゴポッキーの箱を見つめる。
「卒業しているんだけど?」
「3月末日までは高校生でしょ?
 ちゃんと生徒会役員として卒業式には出席するから安心して」
 灯影は笑う。
「当然でしょ」
 きちんと生徒会役員として、次期副会長として、在校生代表として、体育館で見送りの言葉をいう姿の後輩が思い浮かぶ。
 今、目の前にいるわがままな後輩ではなく、どこか余所行きの顔をして、堂々と振る舞うだろう。
「誕生日プレゼント期待しているから。
 ありがとう、シュン先輩。
 付き合ってくれて」
 ひどく寂しそうに灯影は微笑んだ。
 そして、イチゴポッキーの箱を宝物のように抱えて、踵を返した。
 春晏はふいに空を仰ぐ。
 正確には、まだ固い蕾をつけた桜の花を。
 これをわがままな後輩は見ていたのだろうか。

 3千文字には届きませんでしたが、原稿用紙換算で10枚はあるそうです。
 そろそろ小話というくくりを考え直した方がいいのかもしれませんね。
 一応、区分としてはショートショート以内におさまっていますが、掌編小説と呼ぶには長いですね。

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