並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

02.砂漠

「緑がないなぁ」
 口に出してからくだらないことを言ったと思う。
 灰色のビルディングを見た瞬間に感じた無気力は、腹の底から這い出てきた。
 都会の空は、ビルの色をしていると話には聞いたが、景色の全てが灰色をしているとは思っても見なかった。
 風の色まで濁っている。
「街路樹ならあるけど?」
 隣で同じようなボストンバックを抱えた幼なじみが言う。
 意志が強いというか、何というか。
 鋼の神経を持っている幼なじみの表情は“楽しげ”だった。
 この大都市を“砂漠”とたとえた古い歌があったけれど、今はそれ以上に砂漠化が進んでいるようだった。
 お義理のように植えられた街路樹は、排気ガスにやられて葉が痩せている。
 枝も見栄えの良いように切られて、病人のような緑だった。
 一気にホームシックになった。
「帰りてぇ」
「来て速攻言わない!」
 腰に手を当て、ビシッと指差す幼なじみ。
 実にアニメ的なポーズだった。
 装備としては委員長眼鏡が足りない。
 黒縁のやや細長のフレームを形の良い鼻に乗せてやれば、完璧だ。
 セーラーかブレザーか悩むところだが
「拓くん。何、考えてるの?」
「萌えについて」
「はぁ?」
「愛海に足りないのは、眼鏡だと思ったしだいなのですよ」
「悪いけど、視力は両目とも2.0。
 将来、老眼鏡のお世話になったとしても、近眼用の眼鏡にお世話になる予定はないんだけど?
 それに、そういうありきたりな趣味はないんだけど?」
 ご丁寧に、軽蔑しきった眼差しを向けてくれる。
 幼なじみの愛海はボリュームが足りないもののスタイルも良いし、顔立ちはちょっときつめなところがあって、実に委員長タイプなのだ。
 今の流行だったら“ツンデレ”でも良いだろう。
 ご自慢の長い髪をツーテールにして、ミニスカにニーソックス。
「もったいねぇー。
 文化の損失だよ」
「さ、叔父さん家行くよ」
 落ち着いたベージュの大きなバックを抱えなおして、愛海は言う。
 気の利いた男ではない拓也は、間違っても「持ってやろうか?」なんて言わない。
 隣人として長年暮らしても女という生き物は、謎めく生態をしているのだ。
 都会に住む親戚の家に3日ほどご厄介になるだけだというのに、ヒマラヤの奥地に立ち向かうほどの荷造りをするのだ。
 2人のバックは全く同じメーカーで、色違いなのだが、その総重量には大きな隔たりがあるはずだ。
 行きの電車の中で、遠心力を効かしたアタックをいただいた拓也にはわかる。
 人を撲殺できそうな勢いで、あのバックの中に荷物が入っている。
 実はナイショで、金床を入れてきたと幼なじみから聞かされても、拓也は信じられる。
 いや、そうに違いないと、今や確信にも近い思いを感じている。
「帰っても良いすっか、愛海様」
「本気で言ってるの?」
「半分、本気ですよ」
「最悪。半分も本気だなんて。
 お母さん説得するの大変だったからね。
 ようやくアンタっていう条件付で、許可ができたのに、肝心のアンタが一人だけ帰ってどうすんのよ!
 それに拓くんだって、ちょっとは興味があるんでしょ?
 こっちにいる間に、メイド喫茶だろうと、秋葉原だろうと行けば良いじゃない。
 田舎にはないわよ」
 公衆の面前で、きわどい単語を連発してくれる。
 出勤途中の会社員が道行くのだ。
 聞かれたらどうするつもりだ――と思ったが、雑踏はおのぼりさんの2人には興味はないようだった。
 それでも声が小さくなる。
「別にメイドに興味あるわけじゃなくって」
「アンタの二次元の話は聞き飽きた。
 こう見えても理解あるから、安心して。小母さまには言いつけたりしないから」
「そうじゃなくって……。
 今回の旅行さ。全然、観光しないじゃん。だからさ……」
 クラスメイトに自慢できるような場所に行っておきたい。
 家族に対してのアリバイも作らないとならない。
「池袋*1行くし、神保町*2だって行くけど?」
「ほら、もっと遊べる……遊園地とか」
「安心して。東京ドームシティ*3は行くつもりだから」
 愛海は楽しそうに言う。
「潤いってもんが」
「そんなの拓くんが好きな二次元の女の子たちに求めなさいよ。
 癒し系とか、ドジっ子とか、清楚なお嬢様系とか、より取り見取り。
 ほら、行くわよ」
 そう言うと愛海は歩き出した。
 拓也はその後をスゴスゴとついていくのだった。
 どうにも、この幼なじみには頭が上がらない。
 ゲームであれば攻略もできそうだが、現実ではそうはならない。
 リセットはできないのだから。

*1:乙女ロードを参照のこと

*2:古本街

*3:旧後楽園。コスプレイヤーの聖地