「ね、直くん。 昨日、何してた?」 陽菜が尋ねる。 ファーストフードの2階の禁煙席。観葉植物に隠れたように置かれた席は、ちょっと落ち着いたオレンジのライトに照らされている。 飲みかけのジュースのストローを陽菜はいじる。 「昨日……?」 直樹はあごに手をやり、首をひねる。 昨日はこれといって特別なことはなかった。 いつもどおりに起きて、いつもどおりに大学へ行った。講義もサボらなかったし、その後はいつもどおりにバイトへ行った。 「特には……」 何もない一日だった。 「ヒナは、ね。 お買い物に行ったの。 そこでクリスマス用のコスメがあって……、でもお金がなかったから、写メ撮ってきたんだ。 ほら」 陽菜は携帯電話をいじる。 つやつやに磨かれた爪は今にも折れそうで、細い指の飾りみたいだった。 体に悪いから、と陽菜は滅多にマニキュアを塗らない。 だから、爪は桜貝のような色をしていた。 「知ってる」 直樹は答えた。 「えー、どうしてぇー」 不満そうに唇を尖らせる。 「日記、読んだ」 直樹は言った。 通学時間などの細切れの時間に、知人のブログを読むのは、直樹の中で日常行動の一つだった。 陽菜らしい配色のブログには、写真と共に一日の行動がこと細かく書かれていた。 よくもまあ、これだけ毎日発見があるものだと、直樹は感動するほど、陽菜はこまめにブログを更新する。 「だからね。直くん。 似合うかな?」 「え、ああ。 口紅良いんじゃねぇの?」 男の直樹には口紅の良し悪しはわからない。 自然な色のピンクは、綺麗だとは思った。 「ヒナには、まだ早いかなぁって思って。 口紅って大人の女の人がするものでしょ?」 大真面目に陽菜は言う。 「買ってやろうか?」 「それはサイアクでしょ。 ヒナのお小遣いで、ちゃんと買います」 陽菜は言う。 「3千円ぐらいだろ?」 「何で、直くん、値段知ってるの?」 陽菜は眉をひそめる。 日記にも書かなかったのに、と同い年の幼なじみは本気ですねる。 商品名さえわかれば、そんなものはすぐに調べられる。 「姉貴がいると自然と覚えるんだよ」 直樹は事実を伏せた。 「由佳さん、美人さんだもんね。 やっぱ美人さんでも、お化粧とかするんだぁ」 陽菜は変な感動をする。 「あ。で、直くん。 昨日は何してたの? まだ答え聞いていないよ」 「陽菜には関係ないだろう。 何だって、そんな知りたがるんだ?」 直樹は尋ねた。 「だって気になるもん。 直くん、あんまり日記、書かないから」 「書くことないし」 「だから気になるの」 「そういうもんか?」 あまり納得ができない。 直樹は氷が解けかかっているジュースを口に運ぶ。 「直くんの昨日をヒナにちょうだい」