並木空の記憶録

「紅の空」の管理人2の備忘録

01.昨日(原稿用紙5枚)

「ね、直くん。
 昨日、何してた?」
 陽菜が尋ねる。
 ファーストフードの2階の禁煙席。観葉植物に隠れたように置かれた席は、ちょっと落ち着いたオレンジのライトに照らされている。
 飲みかけのジュースのストローを陽菜はいじる。
「昨日……?」
 直樹はあごに手をやり、首をひねる。
 昨日はこれといって特別なことはなかった。
 いつもどおりに起きて、いつもどおりに大学へ行った。講義もサボらなかったし、その後はいつもどおりにバイトへ行った。
「特には……」
 何もない一日だった。
「ヒナは、ね。
 お買い物に行ったの。
 そこでクリスマス用のコスメがあって……、でもお金がなかったから、写メ撮ってきたんだ。
 ほら」
 陽菜は携帯電話をいじる。
 つやつやに磨かれた爪は今にも折れそうで、細い指の飾りみたいだった。
 体に悪いから、と陽菜は滅多にマニキュアを塗らない。
 だから、爪は桜貝のような色をしていた。
「知ってる」
 直樹は答えた。
「えー、どうしてぇー」
 不満そうに唇を尖らせる。
「日記、読んだ」
 直樹は言った。
 通学時間などの細切れの時間に、知人のブログを読むのは、直樹の中で日常行動の一つだった。
 陽菜らしい配色のブログには、写真と共に一日の行動がこと細かく書かれていた。
 よくもまあ、これだけ毎日発見があるものだと、直樹は感動するほど、陽菜はこまめにブログを更新する。
「だからね。直くん。
 似合うかな?」
「え、ああ。
 口紅良いんじゃねぇの?」
 男の直樹には口紅の良し悪しはわからない。
 自然な色のピンクは、綺麗だとは思った。
「ヒナには、まだ早いかなぁって思って。
 口紅って大人の女の人がするものでしょ?」
 大真面目に陽菜は言う。
「買ってやろうか?」
「それはサイアクでしょ。
 ヒナのお小遣いで、ちゃんと買います」
 陽菜は言う。
「3千円ぐらいだろ?」
「何で、直くん、値段知ってるの?」
 陽菜は眉をひそめる。
 日記にも書かなかったのに、と同い年の幼なじみは本気ですねる。
 商品名さえわかれば、そんなものはすぐに調べられる。
「姉貴がいると自然と覚えるんだよ」
 直樹は事実を伏せた。
「由佳さん、美人さんだもんね。
 やっぱ美人さんでも、お化粧とかするんだぁ」
 陽菜は変な感動をする。
「あ。で、直くん。
 昨日は何してたの?
 まだ答え聞いていないよ」
「陽菜には関係ないだろう。
 何だって、そんな知りたがるんだ?」
 直樹は尋ねた。
「だって気になるもん。
 直くん、あんまり日記、書かないから」
「書くことないし」
「だから気になるの」
「そういうもんか?」
 あまり納得ができない。
 直樹は氷が解けかかっているジュースを口に運ぶ。


「直くんの昨日をヒナにちょうだい」